森のアトリエと、精霊たちの御用聞き#3

森のアトリエと、精霊たちの御用聞き

 今朝の森は、いつもより少しだけ騒がしかった。 風の精霊たちがソワソワと梢(こずえ)を揺らして、何かを囁き合っているみたいだ。カサカサと葉が擦れ合う音が、まるで森全体がひそひそ話をしているように聞こえる。

「……? 何かあったのかな」

 あくびを噛み殺しながらテラスへ出ると、ポストの中から「ゴト、ゴト」と、これまでに聞いたことのない不規則な音が響いていた。手紙なら、いつもは「カサリ」と乾いた音がするはずなのに、重みのある何かが中で動いているような、鈍い音だ。

 おそるおそる蓋を開けてみると、そこには封筒なんて入っていなかった。 代わりに収まっていたのは、もこもことした真っ白な「毛玉」だ。

「え……? 羊……じゃないよね」

 そっと指先で触れてみると、マシュマロみたいに柔らかくて、お日様に干したばかりの布団のような、どこか懐かしい匂いがした。すると、その毛玉が「ぷるっ」と震えて、中から小さな二つの黒い目がひょっこりと現れた。

 それは、北の果てに住んでいると言われる『霜の精霊』の子供だった。 本来なら、こんな木漏れ日が暖かい季節に、ここにいるはずのない子だ。

「どうしてこんなところに? 迷子になっちゃったの?」

 私が声をかけると、霜の子は「きゅぅ……」と心細そうに鳴いて、私の手のひらにすべり込んできた。その瞬間、手のひらからツンとした鋭い冷たさが伝わり、ポストの周りのレンガがみるみるうちに白く凍りついた。

「わわっ! ちょっと待って、冷たい冷たい!」

 慌ててアトリエの中へ駆け込む。この子がこのままここにいたら、せっかく芽吹いたばかりのハーブたちが寒さでダメになってしまう。でも、外に放り出すわけにもいかない。

 私は急いでキッチンの棚をひっくり返した。この子の冷たさを鎮めて、元いた場所に帰る元気をあげるための「特別な香り」を作らなきゃ。

 選んだのは、冬を越えて土の中で力強く育った『ジンジャー・ルート』と、甘い『シナモン・バーク』。 お湯を注ぐと、ピリッとした刺激の中に、心にポッと灯がともるような温かい香りが立ち上る。

「まずはこれを飲んで、落ち着いてね。おうちに帰る方法、一緒に考えよう」

 湯気の向こう側で、霜の子は不思議そうに目をパチパチさせている。 静かだった私のアトリエに、予想外の「小さなお客様」がやってきた。 どうやら今日の朝食は、少し賑やかになりそうだ。

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